「オレ達の夏休み」

〈あらすじ〉
小学5年生の剛志は、野球少年である隣のクラスのコウとキャッチボ
ールを通して知り合い、二人で森へ冒険に行って、妖怪の住む廃屋の
庭にある井戸に落ちかかったところをコウに助けられたりして、お互
いへの信頼を高め、友達になり、一緒に野球をやろうと決意する。

〈舞台設定〉
京都近郊の小学校や山の中。

〈キャラクター設定〉
剛志:小学5年生。活発でかっこいい都会的な団地の子。
       身長170センチ、体重58キロ。
コウ:小学5年生。剛志の隣のクラスの子。うらぶれた商店街の魚屋
   の4男坊。元気で活発な野球少年。1番ショート。イチローみ
   たいに、はしっこい感じ。髪の毛は坊主ではなく、剛志より少
   し短い程度。身長160センチ、体重47キロ。
剛志のパパ:37才。
剛志のママ:35才。
明宏:剛志の弟。5才。
スモモ:美少女妖怪。爪が猫のようにとがっていることと、猫耳とシ
   ッポがある他は人間に似ている。10才位。
その他、学童保育の指導員や不思議系の妖怪数匹。


◯ 学童保育所の前
  校庭の隅にある学童保育所(姫山学童保育所といった看板がかか
  っている)に野球のボールがコロコロと転がってくる。
  「おーい取ってくれー」の声。
剛志「おうっ」
  剛志(小学5年生)が思い切りボールを投げる。  
  ビュッと凄いスピードでコウ(小学5年生)にボールが届く。
コウ「ナイスボール!団地の子」
  今度は反対に剛志を目がけてグローブがビューンと投げ返され
  てくる。  
剛志「あっはっは」
  練習用の野球のユニホームを着た小学生チームが学校の運動場
  でキャッチボールしている。
  その中に混じって、いつの間にかコウとキャッチボールしている
  普段着姿の剛志。
学童保育指導員「こらーっ、剛志君。昼寝の時間でしょ。戻ってきな
 さい」
剛志「やだよ〜っ。明日2回寝るからカンベンして〜」
  学童保育指導員は怒りの表情。

○ 団地の路上
  明るい太陽と小鳥のチュンチュンというさえずり声が聞こえる。
N「翌朝」
  自転車の後ろに剛志の弟の明宏(5才の保育園児)をのせ、前か
  ごに保育所に持って行く布製の大きなカバンを入れ、通勤用のシ
  ョルダーバックを肩からタスキがけにした剛志のパパがヨロヨ
  ロと自転車をこいでいる。横には学童保育に行く予定の剛志も並
  んで自転車に乗っている姿が見える。
剛志「野球って思ってたより面白そうなんだ」
パパ「ほぉ〜、そりゃよかったな」
  自転車に乗ったコウが現れる。
コウ「遊ぼうぜ」
剛志「よっしゃ〜。じゃあ、はい、これ」
  剛志は学童保育に持っていく手提げカバンをパパに渡す。
パパ「おい、学童保育をさぼるつもりか。先生には何て言っておくん
 だ?」
剛志「熱が出たとでも言っといて〜」
パパ「そんな見え透いたウソを誰が信じるんだー」
  あはははという笑い声を残して遠ざかる二人。
  パパの後ろから心配そうな顔を覗かせる明宏。

○ 路上
  自転車をこぎながら話をする剛志とコウ。
  剛志のは最新式の高価なマウンテンバイクなので馬力があって
  速い。
  コウの自転車は兄達のお下がりの中古で、時々チェーンがはずれ
  る。コウの自転車には釣り竿が2本と虫取り網1本がくくりつけ
  てある。
コウ「ちょっと待って」
  自転車を降りて、はずれたチェーンをはめるコウ。
剛志「なんだ、また はずれたのかよ」
コウ「クセになってんだよな〜」
剛志「新しいの 買ってもらえばいいじゃん」
コウ「バカ言え。まだ使えるんだぞ。誰が買ってくれるか」
剛志「それが使えるっていえるかぁ。オレの自転車やろうか。3台く
 らいあるぞ」
コウ「弟にまわさなくてもいいのかよ」
剛志「あいつはあいつで いっぱいもってるよ」
コウ「ふ〜ん、あるところにはあるもんなんだな」
剛志「団地の駐輪場がせまいから、使ってない自転車は処分しろって
 うるさいんだ」
コウ「じゃあ一台くらいもらってやってもいいよ」

○  川原
  自転車を止めて川原に降りて行く二人。
  手に釣り竿や網を持っている。
  網で虫を取る剛志。
剛志「とれたぞ。カゴは?」
コウ「そんなもんいらん」 
  コウは剛志が取った虫を釣り針に刺してビュッと川に投げ込む。
剛志「虫がエサなのか」
コウ「そうだよ。もっと虫さがして。川の中の虫でもいいぜ」
剛志「オーケイ〜っ。あれっ」
コウ「どしたん?」
剛志「ワニみたいな虫がいる〜」
コウ「ウソだろ」
  剛志のそばにきて、すくいあげるコウ。
コウ「なんだ、サンショウウオの子供じゃん」
剛志「サンショウウオってなにさ?」
コウ「知らんのか」
剛志「うん」
コウ「これだから団地の子ってのはヤなんだよな〜」
剛志「またそれかよ、魚屋」
コウ「なんだと、おまえやる気か」
  握りこぶしを剛志の前にかざすコウ。
  一歩下がってファイティングポーズをとる剛志。
コウ「ふん、やめた。ケンカするために来たんじゃなかったよな、俺
 ら」
剛志「そういえばそうだな」
  腕を下げる剛志。
コウ「こいつはな、イモリの仲間の両生類でな、ほんとはもっと上流
 に住んでて、大人になるとこんなにでっかくなるんだ」
剛志「ふーん。なんでもよく知ってるんだな」
コウ「兄ちゃん達がいろいろ教えてくれる」
剛志「そうか、いいな」
  しばし、談笑しながら魚釣りに熱中する二人。
  剛志が魚を釣り上げる。
剛志「やったぞ、釣れた、釣れた。これ食える?」
コウ「鮎か鯉なら食えるけど、フナだから無理だな」
  次にコウが鮎を釣り上げる。
コウ「これは食えるけど、小さいから逃がしてやろうぜ」
剛志「もったいないよ。もって帰ろう」
コウ「じゃあ、干しとくか」
剛志「うん。あ、また釣れたぞ」
  二人は、鮎を次々に釣り上げ、熱くなった岩の上に干していく。
  猫型の美少女妖怪スモモと妖怪カラスが樹の陰から二人を見て
  いる。
  全然気付かない二人。
剛志「うえ〜っ、熱いな。泳ごうか」
コウ「よっしゃ〜」
  二人とも裸になって川に入って泳ぐ。
  川に二人が入ると、スモモとカラスが岩の上の魚をこっそり食べ
  に来る。
剛志「(泳ぎながら)きっもちいい〜」
  ゴロゴロと雷が鳴り、雨が降ってくる。
剛志「雨だ」
コウ「冗談じゃあないよ、服が濡れないように裸になったのによぉ〜」
  雨の中、あわてて服を着る二人。
  木陰から顔を赤らめ二人を見ているスモモ。
  スモモの目を翼でおおうカラス。
剛志「あっ、魚がなくなってる」
コウ「ほんとだ。カッパがもってったんだ」
剛志「ウソこけ。カッパなんかいるもんか。でも、なんか気味が悪い
 な」
  あたりを見回す剛志。
コウ「なんでもいいから雨宿りしよう。こっちだ」
  走って行く二人。

○  渕の壁にある洞窟 
  洞窟の中で雨宿りする二人。
コウ「通り雨だからすぐやむぜ」
剛志「おまえ、よくこんな場所知ってたな」
コウ「兄貴たちと昔、よくきたんだ。最近はみんな忙しくて来れない
 けどな」
  ちょっと淋しそうな表情のコウ。
  ピカッと雷が光って洞窟内がフラッシュを焚いたようになる。
  壁際に骨が散乱している。
剛志「ぎゃーっ、ホネだ〜っ」
コウ「大声出すなって。ガイコツが動き出すぞ」
剛志「あわわわ、助けて」
   コウに抱きつく剛志。
コウ「な〜んちゃって。これ犬の骨だべさ」
剛志「このヤロー」
コウ「ぎゃははは」
剛志「あはは、あ、でもオレだめだ。気持ち悪い。早く出ようぜ」
  洞窟から出ると雨が小降りになって陽が射している。
  周囲の緑も青々と輝いて美しい。
  気持ち良さそうに深呼吸する剛志。
コウ「大丈夫か」
剛志「ああ。(周囲を見回し)山ってきれいだな」
コウ「そうさ。きれいなだけじゃない。これはタラの木なんだけど、
 この新芽を天ぷらにするとうまいんだ。他にもいっぱいうまいもん
 がある」
剛志「食ってみたいな」
コウ「いいぜ。食わしてやるよ」
剛志「なあ、おまえといっしょにいるとなんか楽しいな」
コウ「俺も楽しいよ。森の方へも行ってみるか」
剛志「おう、行こうぜ」

○  森
  この森は、小高い丘や山に連なっている。
  自転車を止めて森に入って行く二人。
  小川のせせらぎ。
  コウが小川の石をどかせると数匹のカニが慌てて逃げて行く。
剛志「わぁっ、こんなところにカニがおるっ」
  コウが木に登っていき、プラムのような実を食べる。
剛志「そんなもん食って腹こわさんか〜?」
コウ「大丈夫。これは食える実なんだ」
剛志「ふ〜ん、よく知ってるんだな、魚屋」
  コウはポケットからコンビニの袋を取り出して果物を詰める。
コウ「その魚屋って呼び方、やめてくれんか?」
剛志「なんでだ?みんなそう呼んでるじゃん」
コウ「兄貴が3人もいるけど、みんな魚屋は継がねぇんだ」
剛志「どうしてだよ?」
  木に登ってくる剛志。
コウ「廃れた商店街の魚屋ってもうからないんさ」
剛志「団地に魚売りにくればいいじゃん。スーパーは7時に閉まっち
 ゃうし、みんな助かるぞ」 
コウ「そうなんか。一度父ちゃんに言ってみるよ」
剛志「ああ」
   剛志も実を食べる。
剛志「うめ〜っ」
コウ「俺の夢はな、プロ野球選手になって親に豪邸をプレゼントする
 ことなんだ」 
剛志「へぇ〜、すごいなぁ〜、魚屋。おっと」
  慌てて口を押さえる剛志。 
コウ「コウって呼んでくれよ」
剛志「わかった。じゃ、オレのことは剛志だ」   

○  丘の上
  下に自分達が住んでいる町が見える。
  遠くに廃れた商店街があり、手前に巨大団地と新興商店街、大型
  スーパーや小学校等が見える。
コウ「あれが、俺たちが住んでいる町なんだな」
剛志「うん。ちっちぇな〜」
コウ「ああ、ちっちぇな」
  二人は顔を見合わせる。
コウ「うちの野球チーム、10連敗中なんだ。おまえが助っ人に入って
 くれたら千人力なんだけどな」
剛志「でもよ、オレは団地の子だし、学童保育だってあるんだよな」
コウ「団地の子だとか、商店街の子だとか言ってケンカしてる場合じ
 ゃねえって気がする」
剛志「そうかもしれんな」
コウ「プロ野球選手になったら、毎日、腹いっぱい肉を食うんだ」
剛志「肉ならオレは毎日腹いっぱい食ってるけど」
コウ「いいな〜、おまえんち」
  コウの淋しげな横顔を見て
剛志「今度オレんちに肉食いにくるか」
コウ「いいのか。じゃあ、俺んちには魚食いにこいよ」
剛志「おう」

○ 廃屋
  夕方。森のはずれ。和風の茅葺き小屋風の廃屋がある。
  庭の周りを崩れた板塀が取り囲んでいる。
コウ「5年程前だったかな、この辺で二番目の兄貴のクラスの男子が
 行方不明になったんだ」
剛志「へ〜え」  
コウ「だから、絶対に何があってもここには近寄っちゃいけないって、
 母ちゃんが言ってた」
  と、突然、小屋の方から「タスケテ〜」の声が聞こえる。
  剛志が行こうとするのをコウが止める。
コウ「やめなよ」
  剛志の腕をつかんで引き止めるコウ。
剛志「誰か助けを求めてるんだぜ。ほっとけるのか?」
  コウを振り切って小屋へ走って行く剛志。
コウ「もうっ、仕方のない奴だな」
  剛志の後を追って廃屋の中へ入るコウ。
剛志「どこだー。助けに来たぞー」
  し〜んと静かな室内。
  でも、物陰には色んな妖怪が隠れている。
コウ「誰もいないじゃん。空耳だったんか」
  ひゅ〜っと生温い風が吹く。
  ちょっと怖くなってぶるっと身震いする剛志。
剛志「か、帰ろうか」
  庭の方で「タスケテ、タベラレチャウヨ」の声。
コウ「外だ」
  慌てて庭へ駆け出す二人。
  木の枝あたりでバサバサという音がする。
剛志「なんだ、鳥だったのか?」
  もっとよく確かめようとして、剛志が古井戸に板をかぶせてあっ
  た所に乗ってしまい、腐っていた板をバキッと踏み抜いてしまう。
剛志「うわ!」
  剛志が井戸に落ちかける。
  コウはあわてて剛志の腕をつかむ。
剛志「ひえっ! なにか、オレの足をつかんでるぞ!」
  井戸の底から、得体の知れない生き物(ハンザキというサンショ
  ウウオ型の妖怪)が伸ばした舌で剛志の足をひっぱっている。
    周りを白いカラスが飛び回り「タスケテ、タスケテ」と叫ぶ。
コウ「も、もう、だめ!」
  コウが限界に達した模様。
剛志「いい。もういいよ、コウ。手を放せ。でないとおまえまで引き
 込まれるぞ」
コウ「いやだ。絶対に放さない」
  二人の目から涙がこぼれる。
  小屋の内外にいた妖怪たちがひそひそ話をする。
  コウともども、剛志が井戸に引き込まれそうになった瞬間、スモ
  モが走り出てきてコウの腰をつかんで止める!
コウ「わあっ?」
妖怪「そぉーれ、がんばれ!」
  妖怪たちがロシアの昔話「大きなカブ」のように後ろに次々連な 
  って、前の者の腰をつかんで引っぱる。
妖怪「えいや! そいや! えいや! そうや!」
剛志「お、おわっ!」
  すこーん!
  剛志とコウはひっぱられた勢いで、後ろに飛ぶ。
  妖怪たちは次々にポッポッと消えて行く。
剛志「いててて… た、助かった。コウ、お前、すごい力だな!」
コウ「えっ? …ちがうよ。よくわからないけど、誰かが、助けてく
 れたような…」
剛志「え?…」
  妖怪たちが消えてしまって、あたりに静けさだけが残る。
  いつの間にか空には月が登っている。
  遠くでホーホーとふくろうの鳴く声がする。

○ 団地の建物の前
  森で取ってきたプラムを山分けして剛志の両手にのせるコウ。
コウ「家族におみやげだ」
剛志「うん。あ。オレ、言い忘れてたことがあった」
コウ「なに?」
剛志「助けてくれてありがとう」
コウ「ああ。ちょっと怖かったけど面白かったな」
剛志「うん」
コウ「なあ、剛志、スポーツ少年団に入って一緒に野球をやらない
 か?」
剛志「やる」
  明宏を連れて団地に帰って来て二人に気付き、はっとする剛志の
  ママ。しばらく二人の様子を見ていて 
ママ「ふぅ〜っ、学童さぼってどこ行ってたのって怒ろうと思ったけ
 ど、こんなにいい顔されたんじゃ怒れないね」と小声でつぶやく。
  冒険を終えてきりっとした少年の顔になった剛志がママと明宏
  の方を振り向く。
剛志「お帰り、ママ、明宏」
  剛志に抱きつこうと、両手を広げて走って行く明宏。
明宏「おにいちゃ〜ん」 
  剛志の手からプラムが二、三個こぼれ落ちる。  

                          (おわり)