「スカートをはいた男の子」 

<登場人物>
祐介:小学6年生。勉強に疲れ、現実逃避を夢見る少年。
紫苑(シオン):紫色の瞳の美少年。女の子のようなしな
        やかな体つきをしていて、ミャンマー風
        のスカートをはいている。13才位。
ママ:祐介の母親。眼鏡をかけた教育ママ風の中年女性。
その他、数人のスカートをはいた男たち。
文中の(M)はモノローグです。

○  駅から続く歩道橋の上(夕方)
「英才塾実力テスト順位表。小学6年の部。山際祐  
介31番」と書いてある紙を見て、ため息をつく祐
介。
祐介「こんな成績じゃ、とても家に帰れないよ」
  悲愴な顔付きで下の道路を覗き込む。
祐介「ここから落ちたら死ぬのかな」
紫苑「やめなよ、祐介君」
  祐介が振り返ると13才位の美少年が立っている。
  瞳は紫色で、女の子のようなしなやかな体つき。
  ミャンマー風のスカートをはいている。
祐介「君は誰?どうして僕の名前を知っているの?」
紫苑「ボクの名前は紫苑。昔、君に助けてもらったこと
 があるんだよ」
祐介「助けた?覚えてないな。それにしても君はどうし
 てスカートなんか はいてるんだい?」
紫苑「(顔を半ば背けて)去勢してるから」
  言葉を失い、絶句する祐介。
  紫苑はそれを見てクスッと笑い
紫苑「ねえ、今からボクらの世界へ遊びにこない?」
祐介「え、どうしようかな。家に帰ってもママに怒られ
 るだけだし。う〜ん、行っちゃえ」

○ 不思議の世界
歩道橋を降りると、別世界が開けている。
巨大な樹々や美しい花が香しい匂いを発散している。
あちこちでミラーボールが輝き、樹々の先から葡萄 
や苺などの果物やチョコ菓子等が垂れ下がっている。 
  ジュースの入ったコップもたくさんあるので、祐介
  は勢いよく飲んでいく。
祐介「うまい、うまいね。これは今まで飲んだジュース
  の中で一番うまいよ」
紫苑「あんまり飲むとお腹をこわすから注意してね」
祐介「うん。ところで、お金はいらないの?」
紫苑「いらないよ。ここでは何でも自由だから、ほしい
 ものはただで手に入れることができるんだ」
祐介「えっ、なんでも自由だって。いいなあ。それじゃ、
 テストや宿題とかは?」
紫苑「ないよ。そもそも学校なんてないし」
祐介「学校がないって、いいな。うらやましいな〜」
  川にさしかかると紫苑は祐介を制止し、パッと手を
  水の中につっこんで魚を獲る。
  続いてもう1匹。
  追いかけっこをしていた、スカートをはいたヤンキ
  ー風の男たちがそれを見て
男A「よう、紫苑。ずいぶん上手くなったな」
  紫苑は男たちに向かって、にっと笑い
紫苑「あんたたちに教えてもらったおかげさ」
  魚はまだ生きていてピチピチ動いている。
紫苑「ふふふ。御馳走が手に入った。さ、食べよ」
祐介「え、生のまま?」
紫苑「そうだよ。はい」   
祐介「あ、ありがとう」
祐介(M)「と言ったものの、どうやって食べたらいいん
 だろう?」
  魚を頭からかぶりついてバリバリと旨そうに食べる
  紫苑。
祐介「あ。僕には、なんか無理っぽいな」
  バサバサという鳥の羽音が木の上から聞こえる。
紫苑「もっとうまいもん、みっけ」
祐介「え。なに?」
  立ち上がろうとする祐介。
紫苑「しっ。動かないでじっとしてて」
  すばやくバッと木の上に駆け上る紫苑。
  ギャーッ、ギャーッという叫び声とバタバタバタバ
  タという、けたたましい羽音が響き渡る。
  音がやむと、鳥人(羽の生えた小人)を咥えて紫苑
  が降りて来る。
  血だらけの鳥人を見て「わー」と叫んで逃げる祐介。

○ 祐介の自宅(翌朝)
ポカポカと日差しが差し込むベランダ近くの食卓で
朝食を食べる祐介。 
祐介(M)「不思議な世界だった。僕はあれからどうやっ
 て帰ってきたのか、全然覚えていない」
 ベランダの手すりの上をロシアン・ブルーの紫色の
 瞳をした若いオス猫がじっとこちらを見ている。
祐介「ママ。あの猫、最近よく見かけるね」
ママ「ああ、祐介が助けた猫よ。ほら、ねずみ取りホイ
 ホイにかかっていた」
祐介「え、あの時の子猫?たしか、早紀ちゃんちにもら
 われていったはずだよね」
ママ「そうよ。早紀ちゃんのお父さんが動物病院に連れ
て行って、去勢手術も済ませたんだけど。全然、家に
寄り付かないんだって」
祐介「じゃ、今はどこで飼われているの?」
ママ「どこでも飼ってないって。完全な野良だそうよ」
祐介「野良?だったら餌はどうしているのかな?」
ママ「自給自足しているみたい。鳥を獲ったり、ネズミ
 や蜥蜴を食べたりしているのを見た人がいるの」
祐介「ふ〜ん。まるで野生動物だね」
  言ってからハッとする祐介。
祐介「まさかおまえ…」
  猫をじっと見る祐介。
「ニャア」と鳴いてゆっくりと耳の裏をかく猫。

                       (おわり)