さとうさんが月川の漫画原作「テロリストとの約束」を分析してくれたので、
漫画を勉強中の方の参考になればと思い、ここに掲載しておきます。
○ テーマの確認
・少年同士の心の触れ合い
・命をかけて大切な人を守ろうとする思い
○ 作中の主な心理描写
●…描写できているもの
△…この描写が抜けていると感じたもの
<聡 X ケイ>
●聡:いじめから救ってくれたケイへの好意
●ケイ:聡に旬の姿を重ねる
●聡:ケイをなぐさめたい気持ち
△聡:ケイに惹かれ“つづける”理由
<ケイ X サキ>
●サキ:ケイへの一方的な感情
△サキ:ケイが好き、またはそうでない描写
<ケイ X 旬>
●ケイ:旬を弟のように愛した
●ケイ:旬を幸せにできなかった自責の念
●ケイ:旬を失った悲しみ
△旬:ケイに対する思い
<サキ X 旬>
●サキ:旬への嫉妬
<聡 X 旬>
△聡:旬に対する思い
○ 足りなかった心理描写
<聡のケイに惹かれ“つづける”理由>
いじめから救ってもらって、感謝の気持ち
や好意を抱くのは自然。でも、それ以上の態
度でケイに接する“じぶんからの動機”が弱
いと思う。「国際平和クラブ」への勧誘は、
中盤から起こる事件に比べて存在感がないの
で、聡がストーリーに流されているだけに見
える。
「いじめもテロも戦争も最初は心の中の問
題なんだよ」「違うよ。話し合うんだ」「人
殺しはもうやめて」と、(殺戮へ進む) スト
ーリーの流れに抗うけれど、それを覆すほど
強力な威力がない。
平和を思う気持ちは描かれているけれど、
それを抱くに至った背景が不明なので、行動
に安定感がないんだと思う。
上で挙げた3つの発言は、どれもケイへの
発言だけど、はじめの2つは、じぶんの「平
和主義」の思いからケイを止めているが、失
敗した。最後のひとつはケイへの慈愛の念か
らの発言で、これは成功した。が、いかに怒
り狂っていたとしても、この場面でいきなり
サキを殺すという流れはストーリー上不自然
で、読者は、殺意を失くして自然と考えるの
で、「聡が (旬の存在に関係なく) ケイへ影
響を与えた」という点がいまいち目立ってい
ない。
作品の中心である聡とケイの心理描写は
「主役」なので、その動きが、ストーリーの
展開や他の人物とのかけあいの影に隠れがち
になっているのが惜しいと思う。
<旬のケイに対する思い>
旬の存在は、ケイの裏切りの理由や、聡と
の類似など、物語の重要なキーになっている
のに、ケイ、トシ、サキの発言から間接的に
しか示されないので、存在感が弱い。旬のケ
イに対する感情は「オレを兄のように慕って
くれていた」というケイのセリフのみ。これ
は、じぶんに対することをじぶん自身で語っ
ているのだが、例えば、サキから見たふたり
の関係が「(聡が) ケイを独り占め」とされ
ているように、トシの視点で見たふたりの関
係もあれば広がりは増す。とはいえ、百聞は
一見にしかずで、ふたりの様子を描くシーン
を作れば、他人からの間接的な説明を積み重
ねることなく旬の存在やケイとの関係を過不
足なく示せると思う。
「人を疑うことを知らない」「ツバメのヒ
ナを助けようとして」と性格を知る手がかり
もセリフにあるが、“旬がじぶんで話した言
葉”ひとつは、それらより重く、分かりやす
い。
<聡の旬に対する思い>
聡はケイと友情を交わすことになるけれど、
エピローグで、ケイと共に、じぶんに似てい
るという旬のことも考えて、旬の存在にもひ
とつの着地点をつけたほうがよいのではない
か。
というのも、まず、ケイが死んだ後、天使
のような姿で現れたことから、天国に行った
のでは… と思われる。旬もおそらく天国に
いるだろうと考えると、ラストに聡とケイだ
けを描くことは、ふたりの友情は強く描かれ
ても、「旬とケイは天国で会わなかったの?」
というような疑問もあって、旬が放ったらか
しになった感もある。
例えば、「ケイ、旬君に会えたよね…」と
つぶやいたり、ケイといっしょに旬も現れた
りするなどして、聡の心の中に旬の存在が大
きく残っているようにするのもひとつの手。
ただし、それが不自然でないように、もちろ
ん中盤に聡が旬に対して絆を結ぶような描写
が不可欠となる。
<サキのケイが好き、またはそうでない描写>
サキは旬に嫉妬するほどケイに注目してい
るのだが「おまえのためにケイが裏切ったの
よ」「ほんとにどうしてこんなことをしたの
よ」「目を閉じ、腕をケイの首に回しキスを
待つサキ」とそこそこケイに執着する描写が
あるものの、組織の掟 (言い換えればじぶん
の命) とケイの命を天秤にかけても、組織の
掟をとってケイを殺すことにしているので、
愛し方が曖昧で、自己保身的である。内面で
は葛藤などを抱えているのかもしれないが、
サキの描写そのものは (この原作での) 作品
の中心ではないし、その心理を明確に描き切
るにはそもそもサキの置かれた状況やサキの
思考が複雑すぎな感がある。
好きなら好きでケイにつくなり、嫌いなら
嫌いで喜んで殺すなり、わかりやすい設定を
用いてもいいと思う。ただ、そうすると、も
ちろんサキにおける心理描写の魅力だった複
雑性はなくなるので、むしろ作品上のサキの
存在意義すらなくなるとも思うのだけど。
○ 現実離れしたもの
舞台は現実的だけど、ストーリーや登場人
物の行動は首を傾げてしまうところも多い。
登場人物たちの行動について、読者が実際
「こんなときじぶんだったらどうするか」と
いう“重ね合わせ”の結果と大きなズレがあ
るので、読者はマンガの世界に入り込むこと
ができない。
小さなことでは、序盤、「何だ、きさまは」
と問われて、ケイは「転校生だ」と返すが、
じぶんで「転校生だ」と名乗るだろうか?
いじめっ子側が「転校生かなんかじゃねえの
か?」と言うとかならいいかも。
いじめから助けられたら「喫茶部でなんか
おごる」だろうか? ケイが校内で迷子にな
り、いじめに遭遇したということならば、聡
がお礼に道案内をかってでる、というような
こともできる。ふたりの会話は歩きながらで
もできる。
キスをせがむ場面で「ああ。誰でもいい」
というのは、ケイはおそらく短剣を奪うつも
りなのでどっちでもいいのだろうが、トシの
ほうが「俺でいいか」と言い出すのはおかし
い。はじめから、サキが率先して「あたしで
いい?」と言うほうが、ケイへの好意もあっ
て自然だろう。
ちょっと違うけど、新聞の見出しになった
「日本政府の政策は…」は長い。新聞の見出
しは簡潔なので。新聞の1面にこの事件の様
子を描きながら、ラジオやテレビの音声で具
体的なことを記したほうが分かりやすい。
○ ストーリーの本筋
「命をかけて大切な人を守ろうとする思い」
が二つ目のテーマだけれど、中盤から終盤に
かけてのケイの行動を総合すると「まあ、命
をかけて守った… かな?」と思えるくらい
で、描写不足の感がある。
「裏切りは死」で、体育館から聡を無断で
連れ出すことが「命をかけて守る」行為と言
えるが、例えば、聡を狙った弾丸をかわりに
受けるとか、そういった直接的ではないので
読む側には「命をかけても聡を守る」とする
ケイの強い思いが、その行動からはあまり伝
わってはこない。聡だけはヘリに乗せず、ヘ
リは撃墜されたという流れと、その後の新聞
報道による政府の方針の説明を取り上げると、
「結果的にそうなった」という形になってし
まっている。「○○の行動をとれば、ケイは
必ず死んでしまうだろうが、聡だけは助けら
れる」という認識を、ヘリの撃墜より前に読
者が持てるようにすれば、このテーマも本懐
を遂げられると思う。
○ 移動シーンがない
この原作では、場面転換はあるけれど、場
所から場所へ移動しているシーンが少ないの
で (渡り廊下のシーンのみ)、舞台を動き回
る臨場感に欠けており、どこか切れ切れの印
象を受けてしまう。先に提案した「聡がお礼
に道案内をかってでる」という展開のように、
移動しながらのシーンを増やすことで、人物
だけでなく、世界そのものの動きも出ると思
う。
* * *
前に読んだときに比べて、どことは分から
ないけど、けっこう改善されているように見
えたよ〜。
上に書いたのは“分析の眼”で見たものだ
から、すごく手厳しいっス。展開の違和感な
どは作画の仕方で解決・解消できるだろうと
思う点もあるんだけど、とりあえず書いた。
実際、ネームに起こしたら大丈夫だったとか、
そういうのもあるかもね。
思い切った改稿をいうと、トシ、サキ、旬
をスパッと切って聡とケイへのフォーカスを
強めるとか、逆にページ数を増やして、5人
の少年少女の心理描写をもっと丁寧にすると
かがあると思う。
根本的なことも問うと、そのふたつのテー
マを描くのに、ほんとにこのストーリーでな
くちゃダメなのか? ということ。命をかけ
て大切な人を守るという構図は、日常の中か
らも見出すことができるかもしれないよ。こ
のままでも、少女漫画っぽい、ありえないけ
れど魅力的で惹かれる、という感じはあるね。
(おわり)
同じく、さとうさんが月川の漫画原作「テロリストとの約束」の改稿の設計を
寄稿してくれたのでここに掲載しておきます。
<テーマ>
ふたりの少年が築く心の絆
→大切にしたい気持ち
→守りたい気持ち
<キャラクター>
平和主義者
→気弱、素直、臆病、勇気、純粋、博愛、
希望
テロリスト
→強攻、否定、憤怒、悔恨、憎悪、殺意、
絶望
<人物相関> T=テロリスト
主人公
→T少年:いじめから助けてもらう。友達
になりたい
→こども:同類心
T少年
→主人公:こどもの姿を重ねる。守りたい
→こども:一番大切だった。失った悲しみ
T少女
→T少年:ちいさなときから片恋慕
→こども:嫉妬。転落死させた
T青年
→T少年:まとめ役。兄貴的
→T少女:同上
こども
→T少年:実の兄弟のように慕っていた
<ステップ>
いじめ
(*Aの心理)
学校占拠
廊下での言い争い(*Bの心理)
(!主人公の正念場)
放送室での攻防(*Cの心理)
(!T少年の正念場)
ヘリ撃墜
(*Dの心理)
<心理描写>
A
主人公:平和主義、へこたれない、希望
T少年:テロリズム、怒り、苛立ち
B
主人公:暴力への抗い。T少年を止めたい
T少年:こどもの姿を重ねる。主人公を守
りたい
C
主人公:T少年の悲しみを知る。癒したい。
優しくしたい
T少年:悔恨。主人公に心を見せる
D
主人公:T少年を失った虚しさ。後、再び
希望を取り戻す
T少年:主人公に会いたい。元気づけたい
<娯楽性>
転がり=主人公とT少年の絆の強さ
遭遇→丁寧なやりとり→加速→自己犠牲
枷→綾
平和主義者→不信→理解→友情
テロリスト→戸惑い→裏切り→決意→友情
お宝
主人公にとってのT少年
T少年にとっての主人公
主人公とT少年が生き残って平和な日々を
送ること
敵
T青年、T少女、テロリストグループ、心
の揺れ
正念場
廊下での方針の衝突、別行動
破れ
己の無力、凄惨な現実に打ちのめされる主
人公
泣き
怒りに我を忘れるT少年を主人公がじぶん
を与えることでおさめる
クライマックス
こどもを巡る告白、T少年の吐露
オチ
ヘリ撃墜、T少年の死、天使の姿をしたT
少年との再会
印象
廊下でT少年が主人公を組み伏せた後の沈
黙の時間。窓から光が射しこみ、ふたりは
その影にいる。遠くで銃声と悲鳴が響いて
いる
ミッドポイント
同上。主人公によってT少年の行動が覆る
テーマの確認→訴えかける何か
主人公のひたむきに平和を訴える気持ちは
T少年を変えた。T少年のほうに兄弟のよ
うに慕ったこどもの存在を主人公へ重ねる
気持ちがあり、それが鍵穴になったわけだ
が、その扉を開ける鍵になったのは、主人
公が博愛から、T少年ひとりへの慈愛へシ
フトしたことでもある。つまり、序盤、中
盤は友情を育む試練であり、互いに近づき
合う時期であった。今まで主人公の制止に
耳を貸さなかったT少年がT少女への殺意
を砕かれる終盤にこそ真の友情を獲得する
瞬間があったということである。全編を通
じて軸になるのはこのような主人公とT少
年の心の変化、影響の与え合いであり、ふ
たりの少年が築く心の絆へと繋がるものと
なる
<小道具>
銃
ボス:Bizon
メンバー:基本的にAK-47
T少年:M92、AK-47
T青年:M92
T少女:なし(ナイフのみ)
爆弾
架空の気化爆弾。長辺8cm、厚さ2cmほどの
直方体。小型。ボスのリモコンで着火。爆
風で殺傷。威力半径10m。気圧への影響は
描写しづらいのでなしとする。体育館爆破
には20個ほど用いる。
(おわり)