「テロリストとの約束」

〈あらすじ〉
放課後の高校体育館でいじめを受ける1年生の聡はケイという名の
同い年の少年に助けられて親しくなる。ところがケイの正体はテロ
リストだった。翌日、テロリストに乗っ取られた体育館での大量殺
戮から聡を守るため、ケイは次々に仲間を裏切って行く。そして逃
走用のヘリコプターに乗り込んだ後、思いもかけない事態が起きる。

〈登場人物〉
聡 :高校1年。優しい性格の美少年。
ケイ:テロリスト。15才。細身だが筋肉質の
   少年。
旬:ケイの弟のような存在だった10才の少年。
サキ:ケイを慕うテロリストの少女。15才。
トシ:テロリスト。18才。
その他のテロリスト、高校の先生、生徒、警官ら。

〈本文〉

高校の体育館(放課後)
  2人の高校生(少年AとB)が聡を殴っ
  たり蹴ったりしている。
少年A「やめさせてみろよ、話し合いでよ」
聡「やめて。お願いだから暴力はよして」
少年A「こいつ、女みたいな言い方しやがっ
 て」
少年B「いっぱつ、ズボンを脱がして確かめ
 てみるべか。へへへ」
  聡のズボンを下げようとする少年達。
聡「(ヘソ下まで下げられたベルトを必死に持
 って泣きながら)いやー」
  止めに入るケイ。
ケイ「やめなよ。やめないとケガするぜ」
少年A「何だ、きさまは。初めて見る顔だな」 
ケイ「転校生だ」
少年A「ふん、かっこつけやがって。生意気
 な。やっちまおうぜ」 
  一瞬で2人を蹴り倒すケイ。
少年B「うわっ。すまん、勘弁してくれー」
聡「(ケイにすがりついて)やめて。もういい
 よ」
  ケイは我に返ったように、それ以上攻撃
  することをやめる。
ケイ「二度とこの子に手を出すな。わかった
 か」
少年A「は、はい。すいません」
  体育館から逃げて行く2人。
聡「ありがとう。助かったよ。ボク、1年2
 組の三上聡っていうんだ。君は?」
ケイ「ケイ。俺も1年生だ」
聡「強いね。助けてくれたお礼に喫茶部でな
 んか おごるよ」

○ 高校の喫茶部
  サンドイッチや飲み物をトレーに載せて 
  テーブルにつく聡とケイ。
聡「今日は下見か。同じクラスになれたらい
 いのにね」
ケイ「そうだな」
  笑顔で食事する聡。
聡「ボクね、国連の職員になるのが夢でさ。
 国際平和クラブを作ったんだ。といっても
 今の所、部員はボク一人なんだけど」
ケイ「ふーん。それで?」
聡「入らない?」
ケイ「入らない」
聡「平和を祈るだけでもいいんだよ、賛助会
 員としてさ」
ケイ「意味ないだろ」
聡「そんなことない。いじめもテロも戦争も
 最初は心の中の問題なんだよ。心の扉を開
 けば…」
  聡の目がキラキラと輝く。
  食事の手を止め、目を細め、感動したよ
  うにじっと見つめるケイ。
ケイ「いい顔してるな。とてもきれいだ」
聡「女みたいってんだろ。顔の話はいいから
 さ。平和について語り合おうよ」
  困惑した顔になるケイ。
ケイ「あさってにしよう。そうだ、明日はお
 まえ、絶対に学校に来るなよ」
聡「どうして?」
ケイ「来ないって約束したら俺も前向きに考
 えてやってもいいぜ」
聡「ほんとに?じゃ、約束する。あしたは来
 ないよ」


高校の体育館
N : 翌日の朝。
  ガヤガヤ言いながらぞくぞくと生徒達が
  入ってくる。
  黒っぽい服を着て、機関銃やピストルで
  武装したテロリスト達が所々に立ってい
  る。
  壇上で青ざめた校長の横に立っているテ
  ロリストAがマイクで生徒達に話しかけ
  ている。
テロリストA「これ、映画の撮影だからね。
 一人十万円のバイト料が出るよー」
  平和ボケした高校生はワオとか言って喜
  んでいる。
  聡の姿を見つけたケイが駆け寄る。
ケイ「おい、来ないって約束だったろ。なぜ
 来た?」
聡「飼育当番だったんだ」
ケイ「(うっと絶句した後)こっちへ来い」
  聡を外へ連れ出そうと腕を引っ張る。
テロリストB「ケイ、どこへ行く。勝手なま
 ねは…」
  ケイがテロリストBを殴り倒して聡と逃
  げる。
テロリストA「まてー、とまれ」
  壇上からテロリストAが機関銃を撃つ。
  キャーという生徒達の叫び声。


渡り廊下
  聡の手を引っ張って走るケイ。
  機関銃の音や「つかまえろ」という大声
  が体育館の方から聞こえてくる。  
聡「映画の撮影ってウソなの?」
ケイ「そうさ。体育館は5分後に爆破される」
聡「ひどいよ。みんなを助けないと」
ケイ「おまえにできる訳ないだろ」
聡「ボクだけ助かるなんて、そんなこと、で
 きないよ」
  激しくもみ合う二人。
ケイ「わかった。俺が行く。仲間を裏切った
 んだ。殺らなきゃ殺られるだけだからな」
聡「違うよ。話し合うんだ」
ケイ「そんな相手じゃない」
聡「でも」
ケイ「おまえは足手まといだ。俺がいいと言
 うまでどこかの教室に隠れていろ。わかっ
 たか」
聡「わ、わかった」


教室
  教室の隅に隠れる聡。
  体育館の方でピストルの音や機関銃の音
  が交錯し、逃げてくる生徒達の「助けて」
  という声や「キャー」という悲鳴が聞こ
  える。  
  しばらく後、チャイムの音。
校内放送「事件は終わりました。ケイと逃げ 
 た生徒は大至急、職員室まで来てください」


職員室
  2人のテロリスト(サキとトシ)が機関
  銃やピストルを持って待ち構えている。
  体育館へ行かなかった居残りの教師数人
  がロープで手を縛られている。
  口にはガムテープが貼られている。
  1人は殺され、血まみれで転がっている。
聡「どういうこと?」
サキ「ぷはは。この子、旬に似ている。人を
 疑うことを知らないんだ」
トシ「だからケイは助けたかったんだな」
サキ「(顔を歪め)フン」
トシ「オレ達は外回りの要員だったのさ。ケ
 イが生徒の一人を連れて逃げたって連絡を
 受けた後、この騒ぎだ」
サキ「おまえのためにケイが裏切ったのよ。
 計画が台無し。せっかく母校を選んで個人
 的な復讐も果たそうと思っていたのに。ど
 うしてくれるのさ」
  聡の髪の毛をつかんで頭を揺するサキ。
聡「何をするんですか。やめて下さい」
  澄んだ瞳で真っすぐにサキを見る聡。
  トシは携帯電話でケイと話す。
トシ「ケイか。例の生徒を預かった。武器を
 捨てて手を頭の上で組んで出て来い」
  サキが聡の頭をゴンゴンと壁に打ち付け
  る。
聡「イタイっ」
トシ「聞こえたか」

○ 職員室の前の廊下
  ケイが両手を頭の上で組んで現れる。
  サキは聡の頭にピストルを押し当ててお
  り、トシは機関銃の銃口をケイに向けて
  いる。
トシ「裏切り者がどうなるかわかってるよな」
ケイ「死の儀式か」
サキ「そうよ。覚えてるでしょ。苦界浄土の
 本部で見た光景。内臓を引き出されて…」
ケイ「(顔色を変えず)おまえらがやるのか?」
トシ「ああ。でなきゃ俺達が本部から粛正さ
 れるだろ」
サキ「ほんとにどうしてこんなことをしたの
 よ」
トシ「言い残すことは?」
  しばし沈黙の後。
ケイ「俺、今までキスしたことがないんだ。
 死ぬ前に一度してみたい」
トシ「わかったよ。俺でいいか」
ケイ「ああ。誰でもいい」
  サキはあっけにとられる。
サキ「待って。男同士じゃ変だよ。あたしが
 やる」
  サキがピストルをトシに預けてケイに近
  づく。
サキ「(ケイに抱きつき)ほんとに初めて?」
ケイ「そうだ。目を閉じろ」
  目を閉じ、腕をケイの首に回しキスを待
  つサキ。
  ケイがサキを抱きしめ、手をサキの腰に
  回す。
  サキの短剣を抜いて、サキの首に当てる
  ケイ。
トシ「何をするんだ」
ケイ「武器を捨てろ、って言ってる場合じゃ
 ないみたいだぞ。後ろを見ろ」
  トシが振り返った廊下の先には一人の警
  官が呆然とつっ立っている。
  駐在所のお巡りさんといった風情の緊張
  感のない太った警官である。
トシ「人質がいるんだ。失せろ」
  慌てて逃げる警官。
ケイ「休戦しよう」
トシ「わかった」


高校の周囲
  初めは1台のパトカーしかなかったが、
  だんだんパトカーの数が増えていき、
  警官や機動隊員らも増えていく。
  高校からマイクの声が聞こえる。
マイクの声「自衛隊の多用途ヘリを校庭に着
 陸させろ。今すぐだ」
  機動隊長らが苦々しい顔をして聞いてい
  る。


職員室
  聡以外の人質同士をロープでつなぐケイ。
聡「お願い、投降して。少年法があるし、死
 刑にはならないと思う」
ケイ「無理だな。オレ達は苦界浄土の一員だ。
 もう何人も殺っている」
聡「どうして、どうしてテロリストになんか
 になったの?」
ケイ「児童施設の園長がひどい男でね。かわ
 いい顔をした子が性暴力の餌食になった」
サキ「えっ」
トシ「そいつは初耳だな」
ケイ「園長が、旬の、オレを兄のように慕っ
 てくれていた子どもなんだが、その子のペ
 ニスをハサミで切ったんだ。抵抗できない
 ようにしてね」
サキ「そんなことがあったの」
ケイ「旬を幸せにしてやりたかったのに。で
 きなかった」
サキ「ご、ごめん。ごめんなさい」
ケイ「なんでおまえが謝るんだ?」
サキ「旬がツバメのヒナを助けようとしてベ
 ランダから落ちて死んだのはあたしの仕業
 なの」
ケイ「なんだって?」
サキ「(泣きながら)旬が羨ましかったの。ケ
 イを独り占めして」
  ツカツカとサキに歩み寄り、頬をパーン
  とはり倒すケイ。
ケイ「殺してやる」
トシ「落ち着け、ケイ」
  トシがケイを後ろから羽交い締めにする。
ケイ「旬は、たったの10才だった。テロとは
 無関係の子供だったんだ」
  ケイにすがりつく聡。
聡「人殺しはもうやめて。旬君もそう思って
 るよ」
ケイ「旬は… もうこの手で抱きしめることも
 できない」
聡「ボクがいるよ。ボクがいるから」
ケイ「聡、おまえ…」
  トシを振りほどき、聡を抱きしめるケイ。
トシ「おい、グズグズしている時間はないぞ。
 ヘリが到着した」
ケイ「この子は置いて行くからな」
トシ「好きにしろ」
  ケイは聡の両肩に手を置き
ケイ「おまえは幸せな人生を送れ」
 聡の頬を涙が伝う。
トシ「おい、急げ」
  ヘリに向かうため部屋を出ようとする一
  行。
聡「もう会えないの?」
ケイ「たぶん」
  すれ違う二人。
聡「いやだ。また会うって約束して」 
ケイ「(振り返って)わかった。約束する」


校庭
  暗闇の中、テロリスト達と人質達がヘリ
  コプターへ乗り込む。
  十メートル程上がったところで、機動隊
  から「撃て」という合図とともに、ロケ
  ット砲が発射され、機体が爆発炎上する。
  その様を聡が校庭で目撃する。
聡「うわーっ、なんてことだ」


聡の部屋
  ベッドに横たわった聡が新聞を傍らに置
  く。
新聞「日本政府の政策は、人質やパイロット
 を犠牲にしてもテロリストを抹殺するとい
 う方針に変わった」という見出しが見える。
聡(N)「たくさんの人が死んだ」
聡「(つぶやく)これじゃあテロと同じだ」
聡(N)「あれから1週間。ボクは学校にも行
 かず、生きる意欲を失いかけている」
  窓辺に背中に天使の羽があるような人影。
聡(N)「ケイの幻を時々見る。彼は命がけで
 ボクの命を守ってくれたのだ」
  人影が近くに来て、ケイだと分かる。
聡「ケイ?」
ケイ「ああ」
聡「よかった。死ななかったんだね」
  近づいてきたケイに抱きつく聡。
  聡の手は虚しくケイの体をすり抜ける。
聡「あっ」
ケイ「会いにきたんだ。約束したからね」
  ケイが幻であることに気付いて涙を流す
  聡。
聡「どうして死んじゃったの?ボクは置き去
 りだよ」
ケイ「そうじゃない。オレはおまえの心の中
 でずっと生きているから。思い出してくれ
 さえすればこうしていつでも会うことがで
 きるんだよ」
聡「いつでも?ほんとに?」
ケイ「ああ」
  ドアが開いて聡の母親の声がする。
聡の母親「仮校舎での授業、本格的に始まっ
 たみたいよ。そろそろ聡も行ってみない?」
ケイ「うん。そうするよ」
  母親にそう言った後、軽く微笑む聡。

                (おわり)