「デイ・トレーダー 拓真」

〈あらすじ〉
ゲームに飽きた拓真はデイ・トレードにのめり込み、学校へも行っ
たり行かなかったりで、大企業の人事部長で学歴至上主義の父とは
衝突する日々を送っている。徐々に持ち金は増えて行ったが、ある
日、父がリストラにあい、家に貯金も乏しいことがわかった拓真は
一気に勝負に出たが、ポンドの異常な下落によってトレードが破綻
しそうになり、金策に奔走する。期待した人たちからは冷ややかに
断られるが、親友の諒が返してもらえない危険を承知で貸してくれ
る。その結果、破綻は免れ、拓真は5000万円儲けることができ、
母はケーキ屋を始め、店は大繁盛する。その中に黙々と店を手伝う
父の姿もあった。

〈物語の背景〉
少年はゲームに飽きてFXにのめり込むという危うい日常を送り、中
高年男性はリストラにあって学歴至上主義という価値観が崩壊して
しまう事態が起きている。

〈舞台設定〉
現代。フォレスト商会という架空のFX会社が存在している世界。主
人公である拓真の家、学校、中学生の時の先生の家、公園、ケーキ
屋など、身近かな場所が舞台になっている。

★ FXとは外国為替(Foreign Exchange)の略で、外国為替証拠金取
引の事です。預けた保証金を担保としてその何倍、何十倍、何百倍
もの取引単位で外国為替の売買を行う金融商品の事で、簡単に言う
と、外国の通貨を売買する取引の事です。

〈キャラクター設定〉
拓真:高校2年生。一人称は俺。喧嘩っ早くてゲーム好きのイケメン。
   身長175センチ、体重65キロ。
諒:高校2年生。一人称は僕。拓真の幼い時からの無二の親友。ケー
  キ作りが得意で拓真の母・元子とは友達のような関係。素直で優
  しい。眼鏡をかけている。身長170センチ、体重55キロ。
母:元子。ケーキ作りが趣味の専業主婦だったが、夫がリストラに会
  ったことからケーキ屋を始める。身長160センチ、体重55キロ。
父:T大卒であることを鼻にかけている大企業の人事部長。リストラ
  で大量に部下の首を切った後、自分の首も切られ、価値観が変わ
  り、後に妻のケーキ屋を手伝うようになる。身長165センチ、体
  重85キロ。 
その他、中学のときの担任の先生(男)など。


★ 注意:Nはナレーション、Mはモノローグ(独白)の略です。

○ 拓真の家・拓真の部屋
  20畳の洋室。
  ベッド、机にパソコンが2台、ソファセット、テレビ、本棚、熱
  帯魚が泳いでいる大型の水槽などがある。
  拓真が一人でパソコンをしている。
  パソコン画面にはFXの取引画面(フォレスト商会 お取り引きお
  客様氏名:永瀬拓真様 通貨ペア ユーロ/円 118.07 ▼ 0.84
  といった表やチャート画面等。この画面はこちらで用意)。
拓真「よっしゃ〜、来た来た来た。100万円ゲットだぜ」
  ドアが開くと同時に父が入って来る。
父「拓真」
拓真「わ、父さん。何の用?」
  拓真は父に体を向けるが、右手はパソコンのキーボードに置いて
  ゲームの画面にパッと切り替える。
父「またゲームか」
拓真「う、うん」
父「おまえ父さんがこの不況の中、角菱物産の人事部長としてどんだ
 け〜大変な思いをしているのか知っているのか」
拓真「知らん」
父「今日も若い部下の首を切ってきたのだ」
拓真「あ、そう」
父「この世は学歴第一だ。父さんは若い頃、友達もつくらず」
拓真「(横を向いて小声で)できなかったんじゃねぇの」
父「ゲームもせず、ひたすら勉強してT大へ入って金を稼いできた。 
 『アリとキリギリス』のキリギリスになりたくなかったら」
拓真「勉強しろだろ。わかってるって。しつこいな」
父「わかってないから高校へ行かずにゲームばかりしてるんだろ。こ
 のバカタレが」
  父は拓真の頭を平手でバチッと叩く。
拓真「痛ってえ。なにすんだよ」
  父につかみかかる拓真。
父「誰に食わせてもらってると思ってるんだ。高校へ行かないとネッ
 ト契約を切る」
拓真「え。そ、それだけはやめて。明日から行くから」
父「ウソだったら即刻切るぞ」

○ 学校・教室
N「翌日」
  生徒達は「野ぶたをプロデュース」の番組に出てきたような制服
  姿(上着はチェック柄でズボンは無地)。
諒「おはよう、タックン。今日はどうして学校へ来る気になったの」
拓真「高校へ行かないとネット契約を切られちゃうんだ。あ、なんか
 目の上がピクピクする」
諒「コンピューターのやりすぎだよ。FXって外国のお金を売り買い
 するだけだろ。そんなに面白いの?」
拓真「スリル満点。手っ取り早く金儲けできるし」
諒「ふーん」 
拓真「ポンドもユーロも1円上がると、例えば10万株買ってたら10
 万円、100万株だったら100万円儲かるんだ。おまえもやる?」
諒「いやだね。いい時ばかりじゃないと思うよ」
拓真「そりゃそうだけど。コツみたいなものがつかめてきたから簡単
 には負けねえよ」
諒「タックンって根っからのギャンブラーみたいだ」

○ 拓真の家・拓真の部屋
  ドアが開くと同時に、諒がケーキと紅茶をのせた盆を持って入っ
  て来る。
諒「入るよ」
拓真「おお諒か。きてたのか」
諒「モト子さんと一緒にケーキ作ってたんだ。どうぞ」
拓真「サンキュウ。しかしな〜、俺の母さんのことをモト子さんと呼
 ぶのはやめてくんないかな、モト子さんは」
諒「ごめん。気にいらないんだったらおばさんって呼ぶ」
  ケーキを頬張る拓真。
拓真「うめえ〜」
諒「だろ。僕は今のタックンみたいな笑顔をもっといっぱい見たいか
 らおばさんみたいに製菓専門学校に行こうと思うんだ」
  拓真は食べたり話したりしている間も絶えず画面に目をやる。
拓真「ふーん、そうか。大学進学はやめか」
諒「うん」
拓真「ところでさ、諒。俺の母さんとおまえが仲いいのは別にかまわ
 ないんだけど、どんな関係?」
諒「どんな関係って? 友達、かな」
拓真「子持ちのおばさんと友達? 変なの」
諒「そうかな」
拓真「おまえ中年フェチだったり」
諒「違うって。そんなんじゃないし。でも僕がおばさんと結婚したら
 タックンのお父さんになれるんだね」
  ニコニコ笑顔で拓真を見る諒。
拓真「はぁ?」
拓真(M)「意味わかんね〜し。保育園の頃から一緒にいるけど、こい
 つが考えていることは謎だな」
拓真「(画面に近づいて見ながら)おっと、まだ上がってるぞ」
  ドアをノックする音。
拓真「はーい」
母「(ドアを開けて)拓真、大変よ。お父さんがリストラにあったの」
拓真「えっ」

○ 拓真の家・居間
  父が肩を落として居間のソファに呆然と座っている。
父「社長からじきじきに君の仕事は終わったって言われた」
拓真「ひどいよ。父さん会社のために頑張ってきたのに」
父「退職金は100万円だ。わしの30年間は一体なんだったんだろう」
母「この家を建てて、私たちを養ってきたじゃないですか」
父「貯金はいくらある?」
母「それが…300万円ほどしか」
父「(激怒して)なんだと。わしは年収3000万円の男だ。なぜそんな
 に少ないのか」
母「亡くなったあなたのお父さんの入院費がかさんだり、お母さんの
 お着物代で消えました」
父「う〜っ、母さんにはもう着物を買わないように言っておこう」
拓真「もっと早く言えばよかったのにさ」
父「うるさい。おまえはさっさと勉強でもしてこいっ」
  ぐっと父を睨む拓真。
母「でも、このままだと授業料も払えなくなりそうですわ」
拓真「ええ〜、そんなぁ」
母「私、この家を担保にして銀行からお金を借りてケーキ屋を始めよ
 うと思います」
父「待ちなさい。わしが再就職先を探してみるから」

○ 職業安定所の窓口
N「翌日」  
父「角菱物産の人事部長をしていた者ですが」
  職員は父を品定めするような冷ややかな目で見る。
職員「あんたの年では警備員か清掃の仕事しかありませんな」
父「(慌てて)私はT大卒で会社で実績もあげてきた人間なんだ」
職員「今ならビルの夜間警備員の仕事が紹介できるけど」
父「む。仕方ない。一応、書類を下さい」
  職員は父に書類を渡そうとする。
若い男「部長、奇遇ですね」
父「酒井君じゃないか」
若い男「僕をクビにした人間もクビですか」
父「う、うむ」
若い男「(職員に)やっぱ僕、これいきます」
職員「あ、そう。じゃあ、あんたに決まりだ。若い男を希望とあるん
 でね」
  職員は父に渡しかけていた書類を引っ込める。
  勝ち誇ったような顔の若い男。
  愕然とする父。

○ 拓真の家・拓真の部屋
  諒はケーキ作りの本を見ながら
諒「おじさん、ショックだったろうね」
拓真「それでさ、俺、大勝負に出たんだ。こんなにポンドが下がると
 は思わんかったし」
諒「ふーん」
拓真「ところがさ〜、今めちゃヤバいことになっちまってんのね。あ。
 もうダメ。なんか手を打たないと」
  慌てて部屋を飛び出す拓真。
諒「タックン、どこ行くの」
拓真「おまえはついてくるな」

○ アパートの前
  チャイムを鳴らす拓真。
  後ろに諒がついてきている。
拓真「ついてくるなって言ったのに」
諒「ここ井上先生の家だろ。中学の時の担任の」
拓真「そうだよ」
  扉を開けて中年男性が顔を出す。
拓真「先生。俺、今大変なんです」
先生「なんだ、どうした」
拓真「50万円、いえ30万でいいから貸して下さい」
先生「なんだと。おまえまさか女の子をはらませたんじゃ…」
拓真「違います」
先生「じゃバクチか」
拓真「まあそんなもんです」
先生「(冷ややかな目で)断る。貸さないことがおまえのためだ」
拓真「そんなぁ。先生、困った時にはいつでも俺のところへ来いって」
先生「金の話は別。俺だって二人目の子どもが生まれたばかりで物い
 りなんだ。帰ってくれ」
拓真「(手で握りこぶしをつくって下を向いて)わかりました。すい
 ませんでした」

○ 公園
  ブランコに乗り、携帯電話をかける拓真。横に諒。
拓真「あ、奈良の婆ちゃん。俺、拓真だけど」
電話「タックンかい。久しぶりだね。元気にしてるかい」
拓真「金送ってほしいんだけど」
電話「見破ったよ。これはオレオレ詐欺だ。あたしゃあ騙されないよ」  
  プチっと電話が切られる。
  もう一度電話をかける拓真。
拓真「違うって婆ちゃん。俺は本物の」
  プチっ、ツーツー。
諒「タックン、もうやめなよ。無駄だと思う」
拓真「ちくしょう。もうおしまいだ。あせってポンドを大量に買いす
 ぎちまった。健玉維持余力が20万切ってるんだ。このままだとす
 ぐにロスカットに会っちまう」
諒「意味がよくわかんないけど、FXをやめる潮時なんじゃない?」
拓真「(大声で)負けて退場するのはイヤなんだよー」
  拓真は顔を両手でおおう。
  手の指の間から涙が落ちる。
    その姿をじっと見つめる諒。
諒「(ぽつりと)僕の金を使えよ」
拓真「え」
諒「小さい時から貯めた金が100万程ある」
拓真「いいのか」
諒「うん。タックンのためなら」
拓真「正直に言うとな、その金があってもゲームオーバーになる可能
 性だってあるんだ。そしたら全部パーになっちまうんだぜ」
諒「いいよ、かまわない。それでタックンの気が済むんだったら意義
 はあるさ」
拓真「諒、なんていい奴なんだ。(諒に抱きついて)ありがとう、あ
 りがとう。父さんが死んだら母さんを嫁にやるよ」
諒「それはいいって」

○ 拓真の家・拓真の部屋
  熱帯魚に餌をやる諒。
  オスのグッピーが交接器を立ててメスを追いかけている。
 (注:グッピーは卵胎生なので交接器でセックスします。)
諒「グッピーってさ、食うことと交接することしか考えてないよね。 
 自分の子どもも死んだ仲間も食っちゃうし、ひどいや」
  拓真は体はパソコンに向かいながら首は諒に向けて
拓真「アホなんだな。まあ、その方が幸せかもしれんし」
諒「で、FXはどうなったの?」
拓真「最終的には5000万円の儲け」
諒「すげえー。よかったね」
拓真「諒のおかげさ。今、銀行の方へ金を移した。これで母さんは銀
 行で金を借りなくてもケーキ屋を始められるし、おまえには倍返し
 だ」

○ ケーキ屋
N「3ヶ月後」
  新しい、しゃれたケーキ屋。
  売っているだけでなく喫茶コーナーもある。
  大勢の客が来ている。
  アルバイトの若い女性が3人ほど忙しそうに働いている。
  厨房では父が母のケーキ作りを手伝っている。
  拓真と諒がテーブルについてケーキを食べている。
拓真「やっぱ、母さんのケーキは最高だね」
諒「うん。それにしても、あのお父さんがよくケーキ屋を手伝う気に
 なったね」
拓真「父さん(トーサン)をクビにした会社は倒産(トーサン)しち
 ゃったし、警備員の職を争った元部下は強盗に殺されちゃって人生
 観が変わったみたいだよ。やっぱ製造業はいいって」
  拓真は携帯でFXの画面を見ている。
諒「で、タックンはまだFXをやるつもりなの?」
拓真「う〜ん、どうだかな。勝って退場ってのも難しいんだよなぁ〜」

                          (おわり)