子犬と僕と鬼塚君

〈あらすじ〉
道で拾った子犬を捨てあぐねていた小学4年生の僕は、
いじめっ子の鬼塚君に公園で出会い、子犬を介して心
が通じ合うようになる。そして、子犬は鬼塚君の家で
飼ってもらえることになる。

〈登場人物〉
藤原和樹:小学4年生。色白の美少年。
子犬  :生後1カ月位の真っ白の子犬。
鬼塚浩平:和樹の同級生。いじめっ子。
ママ  :和樹の母親。
その他、クラスメートや一軒家の住人等。

〈本文〉
  (注:Mは独白です)
 小学校の教室
  4年1組の教室内。  
鬼塚「和樹、おまえ昨日御殿山の坂を自転車
 で登っていただろ」
和樹「うん」
鬼塚「一緒に登ってたのは、父さんか」
和樹「そうだよ」
鬼塚「俺、車の窓から見てたんだ。車のない
 奴はかわいそうだな」
和樹「別に。車なんかなくたって全然困らな
 いよ」
  ボンと和樹の胸を突き飛ばす鬼塚。
和樹「なにするんだよ」
鬼塚「強がり言うなよ。うらやましいって言
 え」
和樹「うらやましくなんかない」」
鬼塚「俺んちは車が5台もあるんだぞ。ベン
 ツにポルシェに」
  背中を見せて退散しようとする和樹。
鬼塚「無視すんのかっ」
  和樹の尻を蹴る鬼塚。
和樹「痛っ」
  和樹は転び、周囲の男の子達が「やめろ
  よ、鬼塚君」と言って鬼塚を止めに入る。

 通学路
   一人で帰宅途中の和樹。
和樹(M)「イヤだな。鬼塚君のせいで学校が
 楽しくないよ」  
   生後1ヶ月位の真っ白の可愛い子犬が 
   道行く人の後をついていったり、うろ 
   うろしたりしている。
和樹「うわぁ、かわいい」
   と拾い上げる。
   首輪に「事情があって飼えません」と
   書かれた札がついている。
和樹「おまえ、捨てられたのか」 
子犬「ク〜ン、ク〜ン」

 団地の台所
  タッパーに入れたミルクをペチャペチャ
  と勢いよく飲む子犬。
和樹「お腹へってたんだね」
  和樹を見上げてシッポを振る子犬。
  頭をなでる和樹。
和樹「よしよし、かわいいね。美人で可愛い
 からおまえの名前はナナだよ」
  帰宅したママが入ってくる。
ママ「ただいま。あら、どうしたの、その犬」
和樹「拾ったんだ。かわいいでしょ。人間だ
 ったら、もらい手がいっぱいあるよね?」 
ママ「人間だったらね。でもその子はワンち
 ゃんで、ここは犬猫飼育禁止の団地なの」
和樹「飼っちゃダメ?」
ママ「ダメに決まってるでしょ。すぐに捨て
 てきなさい」
和樹「いやだ」
ママ「言うことを聞かないと、晩ご飯は抜き
 よっ」
和樹「そんなぁ〜」

 通学路
和樹「僕は、こんな小さな命も守ってあげら
 れないんだ」
  子犬を置いて一目散に逃げる和樹。
和樹「ごめん、ごめんよ」
  後ろからキャンキャンいいながら追いか
  けてくる子犬。
  子犬は捨てられたことが分かって、怒っ
  ているのである。
  立ち止まる和樹。
和樹「だめだ。僕にはできないっ」
  目から涙が溢れ落ちる。
  追いついて和樹の足首に噛み付く子犬。
子犬「ギャウギャウギャウ」
和樹「わっ、痛い痛い」
  子犬を抱き上げ、抱きしめる和樹。
和樹「うわ〜っ、ごめん、ごめん、ごめんよ」
  号泣する和樹。
  子犬はく〜んく〜んと悲しそうな声で鳴
  いて涙を舐め始める。
和樹「僕は悪い人間だ」
  子犬が和樹の顔をペロペロとなめ続ける。
和樹「許してくれるのかい?」
子犬「キャン」
和樹「ありがとうナナ。いい飼い主を必ず見
 つけてあげるよ、約束する」

 住宅街
  一軒家が並ぶ住宅街。
  和樹は一軒ずつチャイムを鳴らして
和樹「かわいい子犬いりませんか」
  と尋ねて歩く。
  「いりません」「もう犬がいるのよ」
  とか言って断られ続ける。
  日が沈みかける夕暮れの町をとぼとぼ歩
  く和樹。

 公園
  一人の少年(鬼塚)が公園のゴミ入れ(金
  属製の網のカゴ)に何かをちぎって捨て
  ている。
  とぼとぼとやってきてその光景をぼんや
  り眺める和樹。
  ジャンパーの中に子犬を抱いている。
  夕日に照らされた少年の顔を見てハッと
  する。  
和樹(M)「ヤバい。鬼塚君だ」
  方向転換して逃げようとする和樹。
鬼塚「おい、待て。おまえ和樹だろ」
  ビクッとする和樹。
鬼塚「見たな」
和樹「見てないよ」
鬼塚「いや、見た。おれがテストの答案を破
 って捨ててたこと、言いふらす気だろ?」
和樹「そんなこと、しないよ」
  和樹の周りを回って様子を探る鬼塚。
鬼塚「ほんとか?む?おまえの胸、なんか変
 だな」
和樹「べつに。変じゃないよ」
鬼塚「い〜や変。(急に閃いたように)おっぱ
 いだ、おっばいが生えてきたんだ」
和樹「そんなもん生えてくる訳ないだろ」
鬼塚「触らせろ」
  鬼塚が追いかけてくるので和樹は逃げる。
和樹「いやだ。触ると後悔するぞ」
鬼塚「なに もったいつけてんだ。触らせろよ」
  石につまずいてこける和樹。
和樹「わっ」
  追いついた鬼塚が、無理矢理、和樹の胸   
  に手を突っ込む。
鬼塚「ん? ん?」
  手にガブッと噛み付かれる鬼塚。
鬼塚「ぎゃ〜っ、イテテテ」
   慌てて手を離す鬼塚。
和樹「だから言っただろ」
  ジャンパーのチャックを下ろして子犬を
  取り出す和樹。
子犬「ワン」
鬼塚「?うひゃ〜っ、かわいい。も〜らった」
和樹「いやだよ。ナナは僕の…」
  言っている途中で、「あっ」と叫ぶ和樹。
和樹「ほんとにほしいの?」
鬼塚「うん。俺の犬、3日前に死んだんだ」
和樹(M)「鬼塚君ちは大金持ちだ。でも性格
 は最悪なのだ」
和樹「ナナをいじめたりしない?」
鬼塚「犬は好きだからいじめたりしないさ」
和樹「僕のことは嫌いなわけだね。どこが嫌
 いなの?」
鬼塚「うっ、嫌いなわけじゃないよ。おまえ
 はかっこよくて、おまけに父さんも若くて
 かっこいいから…」
和樹「僕のことはともかく、どうしてお父さ
 んのことが関係するのさ?」
鬼塚「俺の父さん、70才近いお爺さんでさ」
和樹「え?」
鬼塚「母さんとは正式に結婚してないんだ。
 よそに嫁さんと子供と孫までいるんだ」
和樹「そうなのか」
  横に並んで公園のベンチに座る二人。
鬼塚「うらやましかったんだ、おまえのこと」
和樹「うらやましがることなんかないよ。こ
 んな小さな犬一匹さえ飼えないんだぞ」
鬼塚「それは可哀想だな。おまえのこと、も
 ういじめたりしないから、この犬、くれっ」
和樹「(しばらく考えてから)わかった。やる」
  子犬を鬼塚に渡す和樹。
  子犬の両腕を持って抱き上げる鬼塚。
鬼塚「むぉ」
和樹「どうしたの?」
鬼塚「犬の名前を変えるぞ」
和樹「どうして?ナナって名前、嫌い?」
鬼塚「嫌いじゃないけど。こいつオスだもん」
和樹「げぇ〜っ」
  仰天してのけぞる和樹。

○ 鬼塚の家の広い芝生の庭
鬼塚「来い、小太郎」
和樹「来た〜っ」
  鬼塚と和樹が仲良く走り、そのあとを子
  犬が嬉しそうに尾を振りながら勢いよく
  追いかけている。

               (おわり)