「迷宮の兄弟」

〈キャッチコピー〉
失踪した兄を探して迷宮のような館に入った僕は仮面の怪人
と出会った…。美少年達が織りなすファンタジスティックな
世界。

〈あらすじ〉
唯一の肉親である兄の一郎がバイクで崖から転落して死んだ
と聞いて霊安室に駆けつけた弟の士郎は遺体が別人であるこ
とを確信した。一郎が働いていたホストクラブで下働きをし
ている聖という少年と一緒に迷宮のような館に潜入した士郎
は、仮面の怪人に捕らえられていた一郎を命がけで助け出す。
Xの弟であった聖は自分も怪人になりつつあったこともあり、
館に火を放ってXとともに死ぬ。

〈登場人物〉
川島士郎:主人公。兄が大好きな美少年。高校1年生。
川島一郎:士郎の5才上の兄。弟思いの美青年。大学3年生。
聖:一郎を慕うホストクラブの下働きの少年。15才。
X:一郎に関心を寄せていた背の高い仮面の怪人。
  外観からは年齢や性別はわからないが、23才位の男。
刑事:中年の男。


〈本文〉
○ 土砂災害現場(士郎の夢の中)
  ゴーッという轟音とともに土石流によって家が流されて行く中、
  5才の士郎の右手が10才の一郎の右手にしっかりと握りしめ
  られている。
  一郎はタンスのような家具にもう片方の手でつかまっている。
一郎「士郎」
士郎「兄ちゃん」

○ アパートの一室(朝)
  二段ベッドの上段で士郎が、はっと目覚める。
士郎(M)「あれから10年。不安になるとあの日のことを思い出す」
  ハシゴを降りながら下の兄の寝床を見て
士郎「兄さん、どうして昨日は帰ってこなかったんだろう」
  電話の音。
士郎「(電話に出て)はい。えっ、兄さんが」

○ 警察の霊安室
N「警察の霊安室」
士郎がむごい焼死体と対面している。
刑事「バイクで崖から転落した後、焼死されたものと思われます。
 車体番号と免許証から一郎さんだと」
士郎「違う。これは兄さんじゃない」
刑事「え?」
士郎「肩幅が違うし、指も兄さんのはもっと長い。小さい頃から兄
 と二人で生きてきたんです。間違えるはずはありません」

○ アパートの一室(回想場面)
バレンタインチョコとラブレターがテーブルや床にばらまかれている中で
士郎「兄さんとは二人きりの家族なんだ。外に目を向けずに僕だけ
 を見てくれ」
一郎「わかってるよ。恋人なんていないって」

○ 警察の霊安室(元の場面)
士郎(M)「兄さんはきっと生きている。僕は必ず探し出してみせる」

○ ホストクラブの前
  エスニック調の超高級ホストクラブ。
  「エスニック調ホストクラブ Moon River」と書いてある。

○ アパートの一室(回想場面)
一郎「高級飲食店でバイトすることにしたよ。大学の奨学金と家庭
 教師のバイトだけじゃ足りないからね」

○ ホストクラブの前(元の場面)
士郎(M)「兄さんのバイト先って、ホストクラブだったのか」
  店の前でホウキを持って掃除をしている聖が士郎に気づいて
聖「あ、士郎君。士郎君でしょ」
士郎(M)「一目見た瞬間、彼と気が合うような気がした」
聖「一郎さんからよく話を聞いているよ」
士郎「君は?」
聖「聖。一郎さんに拾われてここで下働きをさせてもらってるんだ」
士郎「拾われて?」
聖「うん。僕の両親は数年前に死んじゃってて、残った家族から虐
 待されてたんだ。去年の暮れの雪の日に裸で家の外に放り出され
 て… 一郎さんに出会わなかったら、たぶん死んでた」
  聖は涙ぐみ、士郎は無言で聞いている。
士郎(M)「兄さんからそんな話は一言も聞いたことはなかった」
聖「一郎さんになにかあったの?」
士郎「兄さんの免許証を持った人が焼死体で見つかったんだ。一体
 何があったのか」
聖「(青ざめて)僕、心あたりがある」
士郎「ほんと?」
聖「自転車を取って来るから待ってて」

○ 路上(町中から山道まで)
  自転車に二人乗り(士郎が聖の後ろ)して町を走る。
  山にさしかかり自転車が止まり二人が降りる。
士郎「ここからは、ぼくがこぐから君が後ろに乗れよ」
  今度は士郎が自転車をこぎ、聖が後ろに乗って進行。
  士郎がゼーゼー言いながら見晴らしのいいところに到着。
  自転車を降りて大の字になってぶっ倒れる士郎。
士郎「限界だー」
聖「(士郎を見下ろし)ぷっ。やっぱり一郎さんに似てる」
士郎「当たり前だ。兄弟だもん」
聖「僕ね、一郎さんが本当の兄さんだったらいいのにって思うこと
 があるんだ」
士郎「兄さんは僕の兄さんだぞ。おまえなんかに」
  士郎はそう言いながら立ち上がる。
聖「わかってるよ。一郎さんが一番愛しているのは君だってことも。
 でも僕は一郎さんが好き。一郎さんのためなら何だってする」
士郎(M)「(拳を握りしめ)なんなんだ、こいつは」

○ Xの館の前
  ツタの生い茂る古くて大きな洋館を前にして
聖「一郎さんは誘拐されてここに捕まっているんだと思う」
士郎「どうしてそう思うんだ」
聖「この館の主が、店の客でXっていうんだけど、一郎さんに異常
 な関心を寄せていたからさ」
士郎「X?」
聖「ホストたちがそう呼んでいた。正体はよくわからないんだけど、
 背が高いから男かもしれない。元々はあの店は男性客向けだったそ
 うだしね」

○ Xの館
フェンスをよじ上り、庭に降りて館の窓から中に侵入する二人。
  館の中は迷宮のようになっている。
  宝物がいっぱいある部屋に入り
士郎「すごいや宝の山だ。これだけあれば一生遊んで暮らせるな」
聖「そうだね」
  次に二人は書斎に入る。
  机の上に館の主が生前書いたと思われる古い日記がある。
「1900年8月3日。アンデスから帰って1ヶ月。私と妻は体の異変に
 気づいた。口から得体の知れないネバネバした糸が大量に出て来る。
 体が変容し、人血を飲みたいという欲求に突き動かされる」
士郎「(ぞっとして)吸血鬼?」
聖「さあ」
  日記帳のそばには夫婦と十代半ば位の少年と5才位の少年が仲
  よく映った写真(9年前の聖とXの家族写真)が立ててある。
士郎「(壁に飾ってあった剣を手に取り)おい、見ろよ。これは武器
 になりそうだぞ」
聖「そうだね」
  呪術師のお面のようなものや色のついた液体が入った瓶もある。
  そして香水スプレーのようなものも。
  聖はそれを手にして士郎と自分の体にシューッとかける。
士郎「なにすんだよ」
聖「おまじないだよ」
士郎「変な奴だな。毒だったらどうするんだよ。まったく」
  蜘蛛の糸のようなものにくるまれた人間の死骸がたくさんある
  部屋に入る二人。
士郎「わっ。なんなんだこれは」
聖「しっ、静かに」
  死骸は蜘蛛に体液を吸われた昆虫みたいに干からびている。
  隣の部屋で蜘蛛の巣の様なものの上に上半身裸の一郎がとらわ
  れているのが見える。
士郎(M)「兄さんだ」
  そばにはXがいて一郎に話しかけている。
X「一郎、おまえは美しい。最高だよ。美しい男の苦渋に満ちた顔を
 眺めながらじわじわと殺していくのが私の最高の楽しみなのさ。さ
 あ、助けを求めて泣き叫べ」
  一郎は蜘蛛の糸が絡んで、もがき苦しみながら
一郎「助けが必要なのは君の方だよ。気づいてくれ」
X「うるさい。私に助けなどいらぬわぁ〜っ」
  Xはふと背後の気配に気づき
X「おや。新しい獲物が到着したようだね。ちょうど喉が乾いていた
 ところだ。生きたまま体液を一気飲みしてやる」
  士郎が聖にドンと突き飛ばされて「えっ!?」と思う。
聖「代わりの男をつれてきたよ。だから一郎さんを解放して」
Xは仮面を取って恐ろしい素顔をさらし、シャーッと蜘蛛の糸の
  ようなものを口から吐き出し、士郎がからまれる。
士郎「くそーっ。聖、君はこいつとグルだったのか」
  聖は斜め下を向いて無言で唇を噛んでいる。
X「ふふふ。申し訳ないが、私は一郎を解放するつもりはない」
聖「(顔を上げ)なんだって。うそつき」
  Xは士郎に襲いかかり、首に噛み付こうとする。
  ところが士郎は間一髪で逃れ、一郎にからみついている蜘蛛の糸
  を剣で引きはがす。そして一郎に右手を差し出す。
士郎「兄さん。今度は僕が助ける番だ」
  一郎と士郎の脳裏に10年前の光景がフラッシュバックする。
一郎「士郎」
X「なぜだ。なぜこいつはこの糸にからまれないのだ。まさか聖、お
 まえがあのスプレーを」
聖「かけたよ」
X「なんということを。おのれ逃がすか。こうなったら」
  Xは死神の釜のようなもので士郎と一郎に襲いかかってくる。
  士郎の持っていた剣は飛ばされ士郎は床に転がる。
  その上を一郎がかばうようにおおう。
一郎「弟だけは助けてくれ」
士郎「兄さん」
X「ふぉふぉふぉ。ダメダメ。二人一緒に串刺しだよ」
士郎(M)「(死を覚悟して目をつぶり)兄さんと一緒なら」
  Xが釜を振り上げた時、突然「ぐえっ」とうめき声をあげて倒れ
  る。聖がXの背中を短剣で刺している。
X「(後ろを振り返って)聖、おまえ」
聖「かわいそうな兄さん。もう終わりにしようね」
  聖はそばにあったランプを倒して周囲に火をつけ、士郎と一郎に
聖「早く逃げて」と言う。
士郎「(聖に手を差し伸べ)君も一緒に逃げるんだ」
聖「来ないで。僕の体はもう…」
  聖がゴホッとセキをすると口から糸が出てくる。
士郎「わっ。聖、いつの間に君は」
  火はカーテンなどにも燃え広がり、炎の中で聖は二人に向かい
聖「一郎さん、士郎君。もう少し一緒にいたかった。でも君達に出会
 えて僕は幸せでした。兄さんと二人で旅立ちます」
  聖は炎の中で、横たわるXの顔を膝にのせ、額にキスする。
X「(錯乱して空を指差し)父さんと母さんだ」
聖「そうだね、兄さん。僕らを迎えにきてくれたんだよ」
聖「士郎君、僕の分まで一郎さんを大切にして。さようなら」
一郎「士郎、危ない。早く逃げよう」
  一郎は士郎の手を引っ張って館から逃げる。
  炎の中に聖とXの姿がボワッと飲み込まれる。
士郎「聖〜、イヤだよ。君が死ぬなんて。僕ももっと一緒にいたかっ
 たよ」
 「わ〜っ」と泣きじゃくる士郎を一郎が抱き止める。
士郎「聖はおまじないだと言ってスプレーをかけてくれた。最初から
 僕らを助けようとしてたんだよ」
士郎(M)「聖があの世へ行っても心は永遠に僕らとつながっている。
 僕はそう思った」
一郎「聖ーーっ。生まれ変わってまた会いに来い」
N「一郎の言葉に応えるように炎が大きく燃え上がった」

○ アパートの一室
N「何日か後」
士郎「兄さん、朝飯と弁当ができたよ」
一郎「おまえがつくったのか。どういう風の吹き回しだ」
士郎「聖と出会って、あんなことになって、僕は兄さんと一緒に暮ら
 せる今の生活をめいっぱい大切にしようと思ったんだ」
一郎「そうか」
士郎「これまで兄さんを独占しようといらだったり、反抗していた僕
 はバカだった」
一郎「うむうむ。では士郎が生まれて初めて作ってくれた味噌汁をい
 ただくとしよう」
  味噌汁をぐっと口に含む一郎と士郎。
  一郎はうっと変な顔をしながらもゴクンと飲み込む。
  士郎は飲んだ味噌汁を再び碗にダーと戻す。
一郎「戻すなっ」
士郎「だってこの味噌汁、味がないんだもん」
一郎「ダシを入れるのを忘れたんじゃないか」
士郎「ダシって?」
一郎「しようがないなあ、まだまだ教えることがいっぱいあるな」
  天使になった聖が二人を俯瞰するように笑顔で見ている。
                         (おわり)