「大事な人」

〈あらすじ〉
走り屋のカリスマリーダーであるイケメン・浮島悠司は暴走を終えて仲間と公
園でたむろしていた。そこへギャラリーの涼子の父親、泰造がやってきて命が
けで娘を連れ戻そうとする。さらに翌日、ヤクザに拉致され暴行されそうにな
った悠司を泰造が救う。体を張って娘と娘の大事な人を守ろうとする泰造の男
らしい振る舞いに感激した悠司は泰造の弟子になることを決意する。

〈舞台設定〉
現在。大阪の下町。

〈キャラクター設定〉
浮島悠司:走り屋。17才。細身で長身のイケメン。女にも男にもモテる。
     父が死んだ後、母は男狂いになり家庭を顧みない。不幸な境遇。
谷村涼子:中学2年生。ちょっと可愛い小柄な女の子。ギャラリーの1人。
     自信なさげでおどおどしている。父と二人暮らし。
谷村泰造:涼子の父親。38才の大工。アームレスリングの世界チャンピオン。
     筋骨隆々のマッチョ。娘に頭が上がらない反面、厳しい面もある。
川島隼人:悠司の取り巻きの走り屋。服装は派手だが顔は並み以下。
滝川里奈:涼子の親友。涼子をギャラリーに誘った人物。
その他、走り屋の仲間やギャラリー、ヤクザA、B、C等。

○ 夜の市民公園
  電灯の下で走り屋10数人が集まってパンやジュースを飲食している。    
  側にはバイクが置いてあり、ライトが煌々と悠司たちを照らしている。
  ギャラリー20数人が彼らを遠巻きにして見ている。
  ギャラリーには男女の中高生がいて、女子はセクシーに着飾っている。
  女子たちの熱いまなざしはもっぱら悠司に向けられている。
  中に1人、ホステス風のおばさんもいて「悠司く〜ん」と言っている。
  「なれなれしいおばさんね」「浮島先輩のこと君づけよ」
  といった会話がなされている。
N「この公園には走り屋のカリスマリーダーである浮島悠司を見ようと多くのギ
 ャラリーが集まっていた」
(注:走り屋とは暴走族の一種。ギャラリーは見物人のこと。)
  悠司は細身で長身のイケメン。
  すごくモテているのに嬉しそうではなく、悩み事のある顔をしている。
悠司(M)「俺の悩みは誰も知らない」
  ずんぐりしたデカい人影がこちらに向かって来る。
川島「悠司、誰が来たぞ」
  泰造を取り囲む走り屋たち。
悠司「誰だおまえは」
泰造「名乗るほどの者ではない。君が浮島悠司か」
悠司「そうだ」
泰造「なるほどな。背が高くて男前でおまけに足が長げ〜や」
悠司(M)「なんなんだ、こいつ。モ〜ホ〜かぁ〜?」
涼子「あ、やばい。私のお父さんだわ」
里奈「どうする、涼子」
涼子「どうしよう〜」
悠司「何の用だ」
泰造「娘を返してもらいたい」
悠司「なんだとー、俺が拉致ったとでもいうのかー。殺すぞ」
泰造「おっと。言い方が悪かったのなら謝る。娘を連れて帰らせてくれ」
悠司(M)「ふん、こんな命知らずな男は初めてだな」
  泰造は周りを走り屋たちに取り囲まれているが恐れる様子は全くない。
悠司「おっさん、怖くないのか。俺の一言で半殺しの目に会うんだぜ」
泰造「馬鹿野郎、怖いに決まってるだろ」
  口先ではそう言ったものの、相変わらず腕組みをして悠然と構えている。
悠司(M)「なんなんだ、こいつ。全然怖がってねえじゃないか」
悠司「とっとと帰れ。なんで帰らないんだよ」
泰造「もっと怖いことがあるからだ」
悠司「なんだよ、それは」
泰造「中学2年の娘がこんな夜中に外をうろついていることだ」
悠司「そりゃおっさんの監督不行き届きだろ。首に縄でもつけて縛っときな」
泰造「う。それはもっともな話だが。涼子、涼子。いるのだろ」
涼子「お父さんたら。かっこ悪いから帰って」
  逃げる涼子。
川島「どうする、悠司、ボコっちゃう?」
悠司(M)「悪い事はしないって死んだ父さんと約束した…」
  悠司は下を向いて考える。
悠司「いや。今日はもう終わりにする。ギャラリーは帰んな」
  ギャラリーの男子中学生たちは素直に「はーい」と言って帰り始める。
  しかし、女子は帰らないでぐずぐずしている。
悠司「(女子に向かって)おまえらも帰れ」
涼子「いやです」
里奈「私も」
悠司「なんでだ。なんで女は俺の言うことを聞かないんだ」
  頭を抱える悠司。
川島「他の女に抜け駆けされると思ってんじゃねえの?」
悠司「そうなのか。じゃあ行くぜ」
  バイクに乗って立ち去る走り屋たち。
  泰造は敬礼のように片手を上げて悠司に敬意を表している。
  片手を上げて礼を返す悠司。
里奈「きゃあ、かっこいい。浮島さ〜ん」
涼子「素敵〜。一度でいいから後ろに乗っけてほしいワ」
里奈「無理無理。浮島先輩は親友の川島さんだって乗せないんだもの」
涼子「なんでぇ〜」
里奈「大事な人ができるまで誰も乗せないんだって」
涼子「じゃあ、私、絶対最初に乗りたい」

○ 路上
N「翌日の朝」 
  2人のヤクザに無理矢理車に連れ込まれる悠司。
ヤクザA「早く乗れ、悠司」
ヤクザB「逃げ隠れしたって無駄だってこと、ちゃんとわかってるんだな」
悠司(M)「そう。逃げたっていずれは捕まるんだ」
  谷村工務店と書いてある軽トラックに乗った泰造と悠司の目が合う。
悠司「あ」
泰造「あ」
悠司(M)「あのおっさん、こんな朝早くから仕事か。同じ親でも俺の母さんと
 はえらい違いだな。母さんは男に抱かれることしか頭にない」
  泰造が悠司の乗った車の後を追うが、悠司やヤクザは気づかない。

○ ヤクザの組事務所
  正面の机に座っているボスのヤクザCが机の上に十数万円の金を叩き付けて
ヤクザC「これっぽちの金でごまかすつもりかっ」
  ヤクザAは悠司の肩に手を乗せて顔を近づけてきて言う。
ヤクザA「悠司、おまえ毎月50万円上納するって先月ここで約束しただろ」 
悠司「すいません。バイトで頑張ったけどこれだけしか」
ヤクザC「誰がバイトしろと言った」
ヤクザB「ギャラリーに持ってこさせるとかオヤジ狩りするとか」 
ヤクザA「ひったくりとかコンビニ強盗とか。いっぱいあんだろ」
悠司「俺、死んだオヤジと悪い事はしないって約束したんです」
ヤクザC「そんなことはどうだっていい。体で覚えさせるしかねえな」
ヤクザA「そうそう。目ん玉か、下の玉がどっちを潰してほしいのかな」
  ヤクザAは不気味な笑顔で悠司の顔を覗き込む。
悠司「(ガタガタ震えて)目玉はイヤです」
ヤクザA「じゃあ、こっちの方ね」
  ズボンを脱がそうとするヤクザA。
悠司「やめて下さい。オヤジ狩りでもひったくりでもしますから」
ヤクザA「遅せ〜んだよ。それに俺はおまえに恨みがあるんだ」
  ズボンを降ろされ、パンツが丸見えになる悠司。
ヤクザB「こいつの女がおまえに夢中なんだよ」
  ここで、冒頭部分で「悠司く〜ん」と言っていたホステス風のおばさんの顔
  が吹き出しで出てくる。
悠司「(泣きながら)すいません、もうなんでもするから。やめてー」
  ドアがバンと蹴破られて泰造が入ってくる。
ヤクザA「なんだ、おまえは」
泰造「通りすがりの者だ」
ヤクザB「ウソだろ」
泰造「そんなことはどうでもいい。それよりあんたらは変態か」
ヤクザC「なんだとー」
  泰造は上着を脱ぎ始める。
ヤクザC「おっと。なんなんだ。おまえこそ変態か」
泰造「ちが〜う。おかずに文句を言ったり服を破ると娘にしかられるのだ」
ヤクザB「娘?」
泰造「そうだ。これぞ親1人子1人の生活で身についた生活の知恵」
  パッと上着を脱ぎ捨て、両腕を曲げて力こぶを誇示する泰造。
  ピカ〜っと後光がさして見える素晴らしい筋肉美。
  ヤクザも悠司も「おおお〜っ」と思わず感嘆の声をあげる。
悠司「思い出した。あんた谷村泰造さんだ」
ヤクザA「あのアームレスリングの無差別級世界チャンピオンの谷村泰造か」
N「なぜ顔だけでわからなかったのか」
泰造「いかにも」
ヤクザC「ふん、なんだそんな体、見せかけに過ぎん。やっちまいな」
  ボカスカボカスカ。
  あっという間に3人のヤクザのこてんぱんにやっつけられた体が横たわる。
ヤクザA「こけ脅しじゃなかったのね」
ヤクザC「警察に行きます。でもその前に救急車を呼んでくれ〜」
悠司「谷村さん。ありがとうございます」
泰造「礼にはおよばん。ワシの大事な娘の大事な人だから助けたまでだ」
  と言いながらも、ズボンの尻の部分が裂けてしまっていることに気づき
泰造「あーっ、どうしよう。破けてる」とあせる。
  悠司は、それは目に入らないようで顔を赤らめて
悠司「俺、ほんとになんて言ったらいいのか。ほにゃらもにゃら」
泰造「(悠司の顔を覗き込むようにして)何が言いたいのだ」
悠司「ほ、惚れちゃいました〜」
  ピキーンと固まってしまう泰造。

○ 泰造の家(谷村工務店)
  涼子が携帯電話をかけている。
涼子「えっ。お父さんが現場に行ってない? どこに行ったのかと言われても」
  電話を終えてふ〜っ、とため息をつく涼子。
  キキーと軽トラックの止まる音とガチャと車のドアを開ける音が聞こえる。
  工務店の玄関から飛び出す涼子。
涼子「お父さん、何してたのよ。今お客さんから電話があって」
泰造「いや、すまんすまん。忘れとった。今電話するから怒らんでくれ」
涼子「なによ、ルールを守れっていつも言ってるくせに」
  悠司が軽トラックから降りてくる。
涼子「(悠司に気づかずに)おまけにズボンまで破いちゃって」とガミガミ。
悠司「すいません、お嬢さん。親方は俺を助けるために」
涼子「え。はぁ? きゃ〜っ、浮島先輩。どうしてここに」
悠司「悠司って呼んで下さい。今日から住み込みで働かせてもらいます」
涼子「うっそ〜っ」
  電話を終えた泰造が誇らしげな笑顔で娘の顔を見る。
泰造「これでもうおまえが夜中にうろつく心配はせんですむ」

○ 泰造の家(谷村工務店)
N「数日後」
  泰造が悠司のバイクの後ろに乗って帰って来る。
涼子「お父さん、ずるい。私が最初に乗せてほしかったのに」
泰造「すまんすまん。車の入れん場所だったから乗っけてもらったんだ」
  膨れっ面をする涼子を手にあまして
泰造「悠司、涼子と買い物に行ってこい」
悠司「カンナかけの練習は?」
泰造「今日はいい。少々遅くなってもいいぞ」

○ 路上
  悠司のバイクの後ろに乗せてもらって幸せそうな涼子。
悠司「もっとしっかり捕まって」
涼子「は、はい。ああ、このまま時間が止まったらいいのに」
悠司「え? 何か言いました?」
N「涼子の青春は始まったばかりです」
  しかし悠司の頭の中は親方命。
悠司(M)「親方〜、大好きっス〜」
  前途多難なことを匂わせて終わる。                            
                          (おわり)