「救急救命士 高柳優作」

〈あらすじ〉
救急救命士である主人公が、心臓発作で倒れた男性患者を救命中、患者の内縁の妻が自分
の昔の恋人で、息子が自分の息子であることを知り、動揺するが、任務を遂行していく。

〈登場人物〉
高柳優作:救急救命士。26才。容姿端麗。
藤本歩美:ホステス。24才。
    自由奔放なあばずれ女。
藤本優作(ユウ):歩美の息子。7才の美少年。
進藤孝志:歩美の内縁の夫。元塗装工。23才。
     最近は主夫のような生活をしていた。
山田圭太:もう一人の救急救命士。24才。
その他、病院のスタッフ等。

〈本文〉
  (注:Mは独白です)
 マンションの一室
  若い男(進藤孝志、23才)が口から泡を
  ふき、手足を痙攣させて倒れている。
  そばに7才の男の子(ユウ)が寄り添い
  オロオロしている。
ユウ「パパ、パパ」
  ピンポン ピンポンとチャイムの音。
優作「救急救命士です。通報を受けてきまし
 た」  
  優作と山田が入ってくる。
  派手な水商売風の服を着た25才の女(歩
  美)が泣き叫んでいる。
  そばには中身が散乱した旅行カバン。
歩美「私が悪いんと違うんやから〜。わ〜っ」
  歩美の髪の毛はクシャクシャで、離れた
  ところで床にへたり込んで泣いている。
  優作はハッとする。
  そして、歩美とキスしている場面が脳裏
  をかすめる。
優作(M)「歩美?…」
  が、すぐに冷静になり患者に向かう。
優作「心室細動だ。AED準備」
山田「はい」
  優作と山田がAED(自動体外式除細動器)
  を進藤の体に取り付け、電気ショックを
  与えたり、人工呼吸を行ったりする。
優作「倒れてからどのくらいになります?」
歩美「知らんわ、そんなこと〜」
ユウ「5分か6分」
優作「そうか」
   バアーン、バアーンと電気ショック。
   そして人工呼吸。息を吹き返しハアハ
   アと自発呼吸する進藤。
山田「心肺機能が正常に戻りました」
優作「よし。では運ぶぞ。奥さん、病院まで
 一緒に来てもらえますか」
歩美「あたし、奥さんと違うんやけど」
優作「つきそいができれば誰でもいいんです」
歩美「ちょっと待って、あんたは…」

 救急車の中                               
  意識が戻らないまま呼吸を続ける進藤。
ユウ「パパ、パパ」
  ユウは進藤の手を握りしめている。
優作「ごめん、ちょっと手を離してくれる?」
  手を離すユウ。
  酸素テントを進藤にかぶせる優作。
  優作の方を見てポロポロ涙を流しながら
ユウ「またパパと一緒にキャッチボールした
 り、お風呂に入ったりできる?」
優作「できると思うよ」
進藤「ユ、ユウ…」
  うわ言を言って体を動かす進藤。
  歩美の方に顔を向け、目を輝かせて喜ぶ
  ユウ。
ユウ「パパ、気がつかはったみたいや」
  再び眠り続ける進藤。
歩美「うわ言やん」
優作「経過を聞かせてもらえますか」
  アンケート用紙に記入を始める優作。
優作「まず、119に電話されたのはどなたで
 すか?」
ユウ「ぼく」
優作「本人さんの名前と年齢、職業は?」
歩美「進藤孝志、23才。元塗装工。今は…主
 夫業みたいなもんかなぁ」
優作「あなたとの関係は?」
  言いにくそうにしている歩美を見て
優作「内縁関係?」
歩美「ま〜、そんなもん。息子のほんまの父
 親とちょっと似てるから一緒に暮らすよう
 になったんよ」
優作「倒れられた時の状況を聞きたいのです
 が」
歩美「胸を叩いたんです。この人が髪の毛を
 引っぱって引きずりまわすさかい」
優作「家庭内暴力?」
ユウ「ママが悪いんや。お客さんとハワイ旅
 行なんかに行って」
歩美「黙っとき、優作」
優作「ユウサク?」
歩美「この子、父親と同じ名前をつけたんで
 す」
  ハッとする優作。
  優作が着ている救命士の服に「高柳優作」
  と書いてある名札が付いている。

 寺の境内(回想場面)
  高校3年生の時の優作と高校1年生の時
  の歩美が言い争いをしている。
優作「僕が受験勉強で必死になっている時に
 君は浮気してたってことだ」
歩美「ごめん。一ヶ月も我慢できひんかった
 んよ」
優作「僕が初めての男だと言うのもウソだっ
 たんだな」
歩美「うん」
優作「ほんとは何人目だったんだ?」
歩美「ほんまのこと言うたら怒るんと違う?」
優作「怒らないから言ってみろ」
歩美「う〜ん、10人目位かな。1回きりの人
 を入れたら30人目位かも」
  絶望的な表情になる優作。
優作(M)「30人目という残酷な数字は僕の心
 を砕くのに充分だった。僕にとって歩美は
 初めての女だったのだから」
優作「別れよう」
歩美「いやや。怒らへんて言うたやん」
優作「怒ってないよ」
  冷酷に言い放つ優作。絶望しているのだ。
歩美「ほんま?私、お腹に赤ちゃんがいるん
 よ」
優作「ウソだろ」
歩美「ウソとちがう」
優作「誰の子かわかるもんか」
歩美「あんたの子や。あたしが世界で一番大
 好きな優作の子なんや」
優作「(吐き捨てるように)堕しちまえ」
  捨て台詞を残して立ち去る優作。
  わ〜っと泣き崩れる歩美。

 救急車の中
優作(M)「仕方なかったんだ」
ユウ「この人、ママのお店のお客さん?」
歩美「違うよ。高校時代の…し、知り合い」
ユウ「ふ〜ん、高校ってちょっとしか行って
 へんのやろ。すぐにぼくが生まれたから」
歩美「うん」
  進藤が、意識がないまま手を差し出す。
  その手をユウが握りしめる。
ユウ「パパ」
  二人を見つめる優作。
ユウ「神様どうかパパを助けて下さい。助け
 てくれたら一生ハンバーガー食べられなく
 てもいいです」
優作「もしかしてこの子は…」
歩美「一番信じてほしい人に信じてもらえん
 かったの」
優作「…」
優作(M)「この子は僕の子だ。僕の分身なん
 だ。それが他の男をパパと呼び、神に祈り
 を捧げている…」
歩美「結婚してるの?」
優作「いや…。仕事一筋だから」
歩美「(ちょっと笑いながら)女が信じられへ
 んのや」
ユウ「(ふと顔を上げ)なんで?」
優作「あ、いや、君のお父さんのことだけど」
ユウ「パパは、ごはんつくってくれはるし、
 勉強も教えてくれはるんや」
優作「そうか。お父さんのことが大好きなん
 だね。いい子だな、君は」
  ユウの頭をなでて肩に手を置く優作。
歩美「この子、父親に似てるんよ。笑顔も性
 格も」
  微笑む優作。
優作(M)「僕は間違っていたんだろうか」

 病院
  進藤を運ぶ救命士と病院のスタッフ達。
  医師に伝達事項を報告して去ろうとする  
  優作。山田はもういない。
  優作はしゃがんでユウの目を見て
優作「先生は、後遺症は出ないと思うとおっ
 しゃってたよ」
ユウ「ばんざーい」
優作「じゃ僕はこれで」
歩美「もう行くの?」
優作「ああ」
ユウ「救命士さん、パパを助けてくれてあり
 がとう」
優作「これからはお父さんを怒らせないよう
 に、お母さんに頑張ってもらおうな」
ユウ「うん」
歩美「ま、努力すっか」
  上を向いて涙をこらえる歩美。
ユウ「ぼくも大きくなったら救命士さんにな
 って、死にそうな人を助けるんや」
  立ち去る優作。
ユウ「また会えるよね〜」
優作「(半分振り返り)ああ、きっと会えるさ」
  ユウが笑顔で思い切り手を振っている。
  ユウ達に背中を向けた優作の目には涙が
  光っている。
優作「任務完了(と小さくつぶやく)」 
    
               (おわり)